38歳。仕事を辞めて、二胡アーティストとして出発します。

両親の仕事の都合で2年ほど暮らしたアメリカで、初めて楽器に触れたのが5才の時。中学生になって演劇の面白さにも目覚め、表現することの楽しさを小さい頃から身近に感じていた松本さん。社会人になって安定した職に就きながらも閉塞感を感じる日々の中で、二胡との出会いが人生を変えるきっかけに。仕事を辞めて心機一転、二胡アーティストとしての道を踏み出しました。

フリーランスで歩むこと、自分らしく生きるとは。松本さんの心境や本音をインタビュー。聞き手は、里地帰福岡二胡教室の生徒でありフリーランスライターの前田亜礼です。

人と違うことをするのが好きだった

前田「日本ではとくに、仕事と好きなことは両立できないというような風潮ができあがっていますよね。私は書くことが好きで、大学院を出た後、ローカル誌の編集アシスタントを経て、周りに助けられつつ、今こうしてフリーランスで好きな仕事を続けられています。だから、松本さんが“好きなことで生きていこう”と決心した姿勢に深く共感しますが、会社勤めが長かった分、勇気が要ることでしたよね。二胡との出会いについて伺う前に、音楽はずっと続けられていたんですか?」

松本「もともと、人と違うことをしたい、目立ちたい願望があって(笑)、アメリカで過ごした幼少期に、小学校のサークル活動でバイオリンを選んだんです。帰国して、中学時代もバイオリン教室には通いながら、学校ではコーラス部に所属して、歌とお芝居に夢中になって。高校時代は楽器よりも、演劇一筋でした」

前田「熱中するものがあって輝いていた学生時代だったんですね。将来はどんな道に進みたいと思っていたんですか?」

松本「進路を決める時期になって、私としては大学に行かず、お芝居をやっていきたかったんです。でも、進学クラスだったので周りの空気にのまれて地元の大学へ進みました。両親の希望だった大学に受かったことがゴールだったので、その先は抜け殻状態で…。大学時代はバンドを観に行ったり、軽音楽部に入ってヴォーカルで歌ったりして、音楽とともに日々がありました。いざ、卒業が近づいて周りが就職活動を始めた時に、またもやすごく違和感を感じたんです」

前田「それ、すごくわかります。私の場合は自分に何ができるかわからず自信がなくて、とりあえず大学院に進んでしまったんですけど。それで、どうされたんですか?」

燃え尽きて、音楽と無縁になった20代

松本「両親になんとか2年間だけ猶予をもらって、東京で音楽関係の道を模索することにしたんです。ワンルームの部屋を借りて、コンサート会場での物販や楽屋周りの小間使いだったり、アルバイトをしながら、憧れていたプロモーターの仕事も間近で見れたんですけど、昼も夜もないハードな仕事だし、体力的に無理だなって。それで、ふんぎりをつけて福岡へ戻ってきました」

前田「燃え尽きて、帰ってこられたんですね」

松本「挫折というより、つきものが取れたという感じでした。あんなに好きだった音楽を聴くこともなくなって…。それから、旅行会社に就職してしばらく働いた後、手に職をと思い立ち、医療事務の資格を取ってクリニックに勤め始めたんです。それが29歳でした」

前田「その間、音楽とは無縁の生活だったんですか?」

松本「クリニックは水曜の午後がお休みで、時間ができたんですね。それで、バイオリンを再び始めてみたら、“楽しいな”って思えたんです。そこから興味のあるものはいろいろ試してみようという気持ちになって。そんな時、偶然Facebookで目にした白髪の素敵な女性がいて、日本舞踊の先生だったんですね。体験教室に行ってみたら、“ここは別にいい踊り手をつくるための場でなく、自分の人生の糧、生き方の芯になるようなものを踊りの中から見つけてくれたらいいのよ”っておっしゃったんです。それが心に響いて、今も教室に通っていて丸2年になります」

前田「素敵な先生ですね。そこから、もしかして二胡との出会いに繋がるんでしょうか」

人生終わってもいいや、と思ってたんです

松本「実はクリニックの仕事がもともと得意じゃなくて、早い段階から息切れしていたんです。勤め始めて5、6年が経った30代半ばがピークで、“この先、私に何があるんだろう”って。しかも、兄弟の中で唯一、独身だったので、お見合い話を持ってこられたり。母の望む幸せの価値観と違って、私は結婚に対して憧れや願望を持ったことがなかったんですね。だからって、やりたいこともとくにないし、“両親を看取ったら人生終わってもいいや”くらい投げやりな状態が続いていたんです。だけど、心のどこかではこのままじゃいやだという気持ちもあって、突破口を見つけたいと、もがいていました」

前田「やりたいことがもし見つけられたとしても、それじゃあ食べていけないって親や周りに言われて、それを受け入れてあきらめることが物わかりのいい“大人”の定義だったり、仕事に就いても何かと耐えることを強いられたり、息苦しい社会になってますよね。でも、最近は本当にそれでいいのかなって、その枠から外れたところで、自分らしい働き方、生き方へシフトする人も少しずつ増えてきているようにも感じます。とはいえ、いざ自分が一歩を踏み出すとなると難しいですよね」

松本「私もそうでした。お給料もよかったですし、安定と生きがいとを天秤にかけると、今のこの安定を捨ててまで…って、なかなか思い切れなかったんです」

二胡と出会って「あ、私の道はこれかも」って。

松本「そんな時、日本舞踊の教室で浴衣の展示会があって、その時に知人がかけてくれたCDが、里地帰先生の作品だったんです。素敵だなぁと興味が湧いて、それからすぐ先生のライブに行ったんですね。二胡って見た目が可愛くて、弦楽器なのに笛の音に近いなというのが第一印象でした」

前田「わかります! 二胡って音色だけでなく、フォルムの可愛さも魅力ですよね。ヘッドがもしごつくて重かったら、私も聴くだけで、弾けるようになりたいとは思わなかったかもしれません(笑)」

松本「それから教室に通い始めるようになって、月に1回のレッスンのほかはカラオケボックスにこもって自己練したり熱中しました。2、3カ月経った時に、台湾で開催される演奏会に参加するために音合わせしていたんですね。その時、なんとも説明できない不思議な瞬間だったんですけど、この音だ!って、自分にしっくりくる感覚があって、“あ、私の道はこれかも”って感じたんです」

前田「わぁ、それは羨ましいです。これ!と思える強烈な何かに出会えるってなかなかない体験ですよね。それから、仕事と両立するのではなく、二胡一本でやっていこうと決意したのは、どういう想いからだったんですか」

松本「任されてきた仕事がさらにハードになって、ここで流されてしまったら、また自分が見えなくなるんじゃないかって怖くなったんです。それで、里地帰先生に思いきって相談してみたんですね。思いつめた様子の私にびっくりされたみたいですが、静かに話に耳を傾けてくれて、独立できるようにサポートするよって言ってくださったんです」

前田「人生で最も沈んでいた時期に、二胡と先生との出会いがあって、今こうしてすっきりと笑顔でいられる。人生やっぱり何があるかわからないから、あきらめられないですね。今後は二胡教室でレッスンを教えながら、平行してアーティスト活動も行なっていかれるそうですが、スタート地点に立ったところでどんな気持ちですか」

松本「よし!と思ったり、そうかと思えば不安で涙ぐんでしまったりする時も(笑)。でも、クリニックを辞める時に、迷惑をかけて申し訳ないと挨拶したら、院長もスタッフのみんなも思いがけず応援してくれて、中には私が決心したことに対して感極まって泣いてしまった仲間もいて。背中を押された分、前に進むしかないって思ってます」

前田「もちろん不安はあるとは思いますが、これから松本さんが二胡を相棒に、どんな風景や物語を描いていかれるのか楽しみです。それに、自分で決めて選んだ道に立っている今のご自身のこと、前の自分より、きっと好きですよね」

松本「はい、そうですね。教室も活動も1つひとつ丁寧に行なっていって、自分のスタイルを確立していけたら嬉しいですし、これからプロとして、そうしていきます! 私のように、人生これでいいのかなって思い悩んでいる方に、半歩でも踏み出してみたいと思ってもらえるような音楽を届けていきたいです」

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